ビッグスリーの戦略

燃費規制が決まった1975年当時のアメリカ車の平均燃費は13MPG以下といわれていましたから、燃費規制をクリアするためには生産の大半を占めていた大型車(平均排気量で4000~6000cc)をサイズダウンし、軽量化すること・・・


そしてエンジンの燃費効率を向上すること、そしてそれまであまり手がけてこなかった2000cc以下の小型車の生産をふやすことが求められました。


この厳しい燃費規制に対応するためにビッグスリーは、10年間で800億ドルもの巨額の投資が必要といわれていました。


他方、中古車情報サイトで人気の高い日本車は、元来小型車主体で進んできていました。


燃費は対米輸出の中心だった大衆車クラスではすでに1985年の規制値をほぼクリアする状況でした。


したがって燃費規制に対応するためデトロイトがきわめて大きな投資負担というハンディを背負ったのに対し、燃費のよい小型車中心の日本メーカーはこの点できわめて有利な立場に立つことになりました。


ビッグスリー各社が燃費規制に対応するべくとった戦略は、3社それぞれ違いはありますが・・・


基本的には、ビッグスリーの収益源である大型車を段階的にサイズダウンし、あくまでサイズダウンした大型車で利益を稼ぎながら、徐々に小型車の生産比率を上げていき、両者の相乗効果で燃費規制の基準値を達成するというものでした。


しかしこのシナリオは、1979年10月に起こったイランの政変と、これをきっかけとした第二次石油危機によってもろくも崩れ去ったのです。


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