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2011年10月 アーカイブ

クライスラーの経営危機

第二次石油危機は、ホンダ 中古車の多いアメリカの自動車ユーザーを直撃しました。


1973年末の第一次石油危機の時は、ガソリン税は大衆課税に通じるというのでアメリカ政府はむしろこれを引きさげて値上りを抑えようとしたのですが・・・


第二次石油危機の時にはもうそのような政策を続けることはできなくなりました。


ガソリン節約という大義名分からも、この時になるとガソリンの値上げは原油の値上げに連動するようになりました。


そのためにわたしが1979年初頭ボストンにいたとき、1ガロン60セントあまりだったガソリン価格が、あれよあれよという間に1ドルになり、やがて倍に値上りしました。


値上りしただけでなく、ガソリンの供給も不足し、ガソリンスタンドには長蛇の列ができ、殺傷事件まで起こったと報じられたものです。


ちなみに日本では、第一次石油危機の時には一挙に倍近い石油や諸物価の値上りとなりましたが、この時の教訓に学んでエネルギー節約に努め虎結果、第二次石油危機ではガソリンこそ3割近い値上りになりましたが・・・


ほとんど省エネ技術でもって石油を節約でき、値上りを吸収したので大きな影響は出なかったのです。

アメリカの自動車市場と中古車市場

1978年まではアメリカ自動車市場では大型車6対小型車4の比率で依然として大型車中心の市場だったのが、79年にガソリン価格が約2倍に急上昇すると消費者が争って小型車を求めるようになりました。


一挙に小型車対大型車比率が6対4に逆転しました。


これは中古車の情報を見ていてもわかりますね。


82年まで続く2ケタインフレと高金利によるデトロイトの自動車不況で、大型車が大量に売れのこるのに、日本の小型車だけは全体市場が縮小している中で供給がむしろ不足するという事態となりました。


日本車の売行きがこのように急増したのは、燃費効率がよいことが直接原因ではありますが、アメリカ車に比べて品質やメンテナンスのレベルがはるかによくなったことも大きくあずかっています。


この第二次石油危機が引き金毛なり、デトロイトの自動車不況が1979年~82年まで、4年越しで続きました。


この時の不況は、29年恐慌以来のショックをアメリカ自動車産業に与えたのです。


アメリカの全体市場は、とくに乗用車では年間約1000万台から1100万台の規模だったものが、少ない時は700万台を切り・・・


しかも全体の3割以上の減少分がほとんどアメリカの大型車に集中したのですから、いかにそれまでの横綱であり、高収益力を誇ったビッグスリーでもこれではひとたまりもなかったのです。


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